「キサ、勉強進んでる?」
居間のソファーに座って読書に励む弟に後ろからそっと声をかける。
私の声に反応してか、ゆっくりと振り向く弟の顔に、ふわりと私の髪がかかる。それが面白くて私がクスリと笑えば、弟も照れ隠しに微笑む。
「ん……それなりにかな。思ってたよりかは何とかなりそうかも」
「大丈夫、キサなら立派な星霊術士になれるよ」
とびっきりの笑顔で手を取れば、目の前の同じ顔が綻んで行く。凄く難しそうな顔してたから、本当は芳しくなかったのだろう。いつも思うけど、キサは嘘が下手だと思う。
……キサに言わせれば、私も嘘が下手らしいけど……
うーん、何か悔しい。悔しいから苛めよう。
ぎゅー
そんな効果音がしそうなくらい頬を引っ張ると、流石に弟も怒ったのかやや乱暴に腕を振りほどこうとする。
「しょ、なにふるんだよ」
「いや、何言ってるか分からないからー」
ぎゅーぎゅー
一通り遊んで手を放せば、恨めしそうな視線を向けながらもすぐにいつもの表情に戻る。
弟はいつもこうだった。
良く、双子は仲が良いと言われる。私たちだってけして仲は悪くない。いや、良い方なんだろう。
でも……何かが違うと思う事がある。
それが何かは自分でもわかってない。わかっていないけど……違うんだ。
この関係は仲の良い姉弟なのか、それとも作られたモノなのか。
パズルの最後のピースだけはまっていない……そんな不安定な何かを感じる時がある。
ふと視線を戻せば弟がきょとんとした顔でこっちを見ていた。どうやら考え事をし過ぎたみたいだ。うん、私の悪いクセその一。
「レイ、どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
私が肩まで伸びた髪をでんでん太鼓のように振って首を振れば、弟も微笑んでそれ以上は何も言わなかった。
それはいつもの他愛も無いやり取りだった。
頃合を見て、お母さんが切り分けたケーキを運び、お父さんが紅茶を淹れる。
そんないつも通りの日常。
変わらないと思っていた平穏は、ある日あっさりと崩れた。
いつもより騒がしい外の騒音。それは、この小さな村には不釣合いなほどの騒がしさだった。
「……ちょっと待っててな」
お父さんが真剣な顔をしてアイスレイピアを持ち、ドアを開ける。
そこに広がるのはただの地獄だった。
逃げ惑う大勢の人、それを追いかけ回すモノ。
「逃げろ!」
その一言で何か察したのだろうか。お母さんが私と弟の手を引き、裏口へ駆ける。
お父さん!
確かに私はそう叫ぼうと振り返った。
その時、お父さんの足元に一つのボールが転がっていった。
ごろごろ。
ごろごろ。
それは、隣の友達が足でやるスポーツだと言ってたボールと同じ大きさだろうか。
そこで私は初めて知った。
ニンゲンのアタマがそのボールと同じくらいの大きさだって事に。
その時の事は良く覚えていない。
ただ、私とキサは地下室に連れて来られていた。
「-----------!」
お母さんが何か言ってる気がする。
良く分からないけど大丈夫、キサは私が守るから。
私はお姉ちゃんだから、キサを守らないと。
扉が閉まる。
暗い、淀んだ空間の中に、私とキサは居る。
「大丈夫だから、大丈夫だから……」
私は、吐き気と自分の中に何かを堪えるようにずっとキサを抱えていた。
途中、キサの手が私の耳を覆い隠す。
それだけで安心感に満たされる。
どれだけそこに居たのだろう。
それは、数時間かも知れないし、数十分だったかも知れない。
突然視界に入る光。
それが、扉が開いた事による光だと言う事に気がついたのは、背中に熱い痛みが走った直後だった。
私の手から飛び出すキサ。
その時、私にはキサしか見えていなかった。だから、私が思った事はただ一つ。
「(キサ、キサまでいかないで!)」
キサによるぬくもりが無くなった時、私の意識は遠い闇の奥へと落ちていった。
目が覚めて初めて視界に入ったのはキサの顔だった。
いや、それは少し違う。
見えたのは、キサの瞳の奥に写る未来。
キサが体内のデモンに憑き殺される未来だった。
何故だか分からないが、私にはそれが未来の事だと分かる。
「疲れてるんだよ、もう少し休みな」
キサは優しく微笑むと私に毛布をかけ直してくれる。
ううん、嘘。本当はキサの方が疲れてる。
私には分かる。キサは嘘が下手だから……。
キサが部屋から出た後、私は部屋にあった包丁を手に取った。
そう言えば、お母さん料理中だったっけ。
あれ? 料理に包丁って使うんだっけ?
この場に落ちてるソレは、どう見ても殺戮の道具にしか見えない。
「ま、いいか」
私はそれで自分の髪をバッサリと切った。
これで髪の長さはキサと同じくらい。後でしっかり揃えればキサとまったく同じになるだろう。
大丈夫、キサに何かあったら今度は私が絶対に守ってあげるから。
キサは最後の家族で、大事な半身なんだから。
例え、私の命に代えても。 それが、私のエンドブレイカーになる切っ掛けだった。
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