ちゃぽん。
風呂は人類の生んだ最大の文化である。
誰が言った言葉だったろうか? エライ人だった気もするし、そうでない気もする。ともあれ、そんな大した事でもないか。
そう、自分で一人納得すると彼は湯の中に肩まで浸かることにした。
『いいか、風呂に入る時は肩まで浸かって30秒数えるんだぞ』
子供の頃に父親に言われた言葉をふと思い出す。
あれは一体どれぐらい前の話だったろうか。そこまで思い出したモノを振り払うように頭を振り、もう一度肩まで浸かる。
肩口まで浸かれば、サラっとした男性らしくない髪が湯に触れ重みを増す。
彼ーーキサは湯船から体を出すとタオルを手に取り、腰掛に座り石鹸を手に取る。
「(と……こっちはレイの石鹸だったな)」
自分がいつも使う石鹸を手に取ろうとした時。
がら。
と、目の前のドアが開いた。
目の前には見慣れた自分……にそっくりな華奢な体に緑色の髪。この年で男性である自分と同じような体型なのはどうなのだろうと思う事もある。それは自分が男性として華奢すぎるのか。それとも向こうが女性らしさが足りないのか。
其処にいたのは見間違うことなどありえない、自分の双子の姉であるレイだった。
「レ……レイ……人が入ってる時は入って来ないように。それと、一緒にお風呂に入るのは12歳までって言っただろ」
とりあえず大事な所はタオルで死守する。こんな時に持っていたのが小さいハンドタオルなのが悔やまれる。
「ん、寒かったから」
「や、答えになってないから! 今俺が入ってるから、だからもうちょっと待っててくれ……!」
ぜーはーぜーはー息を切らしながらも自分の主張を高らかに唱えるキサ。
そんなキサを見て、レイは一瞬首を傾げた後、ゆっくりと頷く。
「うん……分かってくれればい……」
「じゃあ、背中流してあげるね」
安堵のため息をついたかと思ったら、盛大にすっ転びそうになり慌ててタオル死守するキサ。
「どっからその答えが出て来たんだ……」
そこに浮かべる表情は諦め。よくよく考えてみればこの姉のマイペースっぷりはいつもの事だ。そんなに気にする事でも……。
思いかけて、そこで考えが止まる。
なら、なんで今日に限ってレイは一緒に入ろうだなんて言い出したんだ?
そこまで考え付いてから、答えに行き着くのは早かった。
「(ああ、そうか。今日は……)」
そう、今日は家族が二人になった日。
アレが何年前だったかなど思い出したくも無いが、キサは鮮明に覚えていた。
しっかりレイの表情を見れば、自分にしか見せない不安と寂しさを入り混じった表情を浮かべている。
「……今日だけだからな」
すぐにそっぽを向いてしまったので良く見えなかったが、無表情のレイが嬉しそうに微笑んだように見えた。
「まさか、キサさんだけでなくレイさんまで入って来るとは……ボクにはそんな趣味は無いですし、此処は大人しく帰るとしましょうか」
暗闇の中、よく映える白い髪が揺れる。
長い白髪を揺らし、その声の主は興がそがれたとでも言いたげにその場を去って行った。
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